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中上健次の言葉「お燈祭り編」
このページでは、熊野大学の設立者・中上健次氏による、和歌山県新宮市で毎年2月6日に開催される「おとう祭り」についての発言を抜粋して転載しました。 (『火の文学』より)

 松明たいまつというのは神話象徴物なんだけど、その松明を持って、みんなそれぞればらばらに街中へ出ていく。神倉山に登る前にね。つまり、行く人間と帰る人間がすれ違うようになってるわけよ。みんな一斉にむこうへ行っているんじゃなくて、時間がまちまちだから、そうすると当然すれ違うでしょう。そこがいちばん危険なんです。松明を持っているでしょ。みんな怖いわけ、互いに。で、“頼むぜ!”と言って挨拶する。  “頼むぜ!”ってのは、つまり自分が誰かにやられていたら、おれを庇護ひごしてくれという意味、あるいは、おれは殴らない、おれはお前の仲間だから頼むよっていうとか、後を頼むとか、まあ一種、許してくれとか、勘弁してくれとか、そういうあれなんです。“頼むぜ!”と言って松明をぶつけ会う、つまり熱気が移るというか、ガーンとやったり、そういうことをするんだけど、これがまた怖いんだよ。むこうの力とこっちの力が大体五分にいかないとね。強すぎて打っちゃうと、このォ! ということになるし、弱く打つと、なんだこりゃ(笑)。暴力のモノを持っている、暴力装置を持っているから、逃げるそぶりをすると、もう一ぺん突っ込むということになりかねない。

【補足】
 お燈祭りは新宮の男たちが白装束、腰には荒縄を巻き、1メートルを越える長さの松明を手に持ち、神倉山の中腹にある神倉神社の境内まで538段もある急な石段を上り、そこで神の火を松明につけて山を駆け降りてくる。それだけの祭である。
 神倉山に上る前に、各自市内の神社に参るために練り歩くのだが、その時のことを言っているのだ。実際は“頼む!”と言って挨拶する。

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  ほんと真面目まじめなんだもん。いわゆる農耕の祭り、ピーヒャラドンドンっていう鎮守の祭りじゃないんだもん。みんな真剣に……。身内の不幸のあるところってのは出ちゃいかんと。みんな信じてますよ。要するにその一週間ぐらい前から女に触っちゃいかんとか。実際に守られているかどうか知らんけどね(笑)。

【補足】
 お燈祭りに参加する男を「のぼり子」という。原則として喪中の男は上ってはいけない。上り子は1週間前から女性との交わりは厳禁であり、当日は女性に触れられてもいけない。

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 速玉大社の管轄下の、出張所みたいなもんですよ、神倉神社は。速玉大社、阿須賀あすか神社、神倉神社、その三つ、つまり速玉が大社で、あとの二つが神社ね。 ――伊弉諾いざなぎ伊弉冉いざなみや、素戔嗚すさのおの霊(神霊)を祠ってある。権現ごんげんというのは、熊野の神様があちこち放浪して、ここへ降りてきたんですね。伊予のほうから淡路を回って……。

【補足】
 神倉山に上る前には、通常、阿須賀神社、速玉大社、神倉山の麓の妙心寺などに参る。

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 おとうまつりの登り方ってのがあるらしいんですよね。のぼり子は最初から、つまりおれたちみたいに明日登る登ると言って回らないで、全然もう飽きたっていう感じでさ、登るんか? って聞かれたら、いやー、どうしようかなとか言って、直前になって、もう門が閉っちゃうというときにパッと着替えて駆け足で回ってさ、それで登るという、それがつうの登り方なんだって(笑)。

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 それで介錯かいしゃくというやつがいるんだね。速玉大社のエリアの町内会の連中――奉納会とか奉賛会とかいうそこの連中が介錯人として登るんだけど、そいつらは何を言っても聞かないから。角材を持ってね、問答無用ですよ、ウダウダ言っているとパカッとやられる(笑)。ほんとに袋だたきにする。それはしょうがないんだ。暴力をもって制するという。ぐでんぐでんになっているやつもいるからさ。

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 白装束着てるし、白い頭巾ずきんをかぶってるから顔なんか見えない。みんな同じになっちゃうわけですよ。で、だんだん日が暮れてくるから、大体つまり荒っぽくなってくるという――酒も入ってるし。それで登って、七時ぐらいまでで登りは打ち切り。それに遅れたら登らせない。あんまりひどく酔ってるやつも登らせない。それはもう独裁権が介錯人に――奉賛会という神社の側の連中に与えられているから、そいつらが木刀を持って殴りかかってくるよ。ほんと実力行使っていうか。で、ずうっと登って、ゴトビキ岩というところで、閉じこめられて、延々と待っているわけだよ。で、神火がおりてきて火をつけて、火がいきわたって……。それまで火を見てるわけね。奉賛会の連中が権限を持っている。ころ合いがいいと思ったら、パッと門が開く。そうするとドッと出る。

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